JR総武線両国駅東口を出て、横綱横丁を抜けると「芥川龍之介生育の地」があります。
左側に、
この案内板。
芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)は、生後約7カ月で母ふく(万延元.9.8(陰暦)~明治35.11.28)発狂のため、ここ両国の地にあった、ふくの実家である芥川家に引き取られ、養育されるようになりました。
龍之介が引き取られた芥川家には、ふくの兄芥川道章(嘉永2.1.6(陰暦)~3.6.27)とその妻とも(安政4.4.11(陰暦)~昭和12.5.14)、道章の妹でふくの姉のふき(安政3.8.29~昭和13.8.4)が住んでおり、龍之介は3人の伯父伯母によって育てられていきます。
母の発狂という不運にみまわれた龍之介でしたが、芥川家ではみな、龍之介を「龍ちゃん」「龍ちゃん」と呼び、たいそう可愛がって育てていたようです。
また、道章は東京市の役人でしたが、芥川家は江戸時代から代々、幕府の御数寄屋坊主(茶坊主)を務める由緒ある家柄で、ともの大叔父は大通の細木香以(文政5~明治3.9.10 )でもあり(森鴎外の小説「細木香以」のモデルになった人物)、家族全員が文学や美術を好む、江戸文人趣味の色濃い家庭でした。このような家庭環境がのちの小説家芥川龍之介を育てたといってもよく、龍之介は「文学好きの家庭から」(大正7.1.1 『文章倶楽部』)というエッセイで、
文学をやることは、誰も全然反対しませんでした。父母をはじめ伯母も可成文学好きだからです。その代り実業家になるとか、工学士になるとか云つたら反つて反対されたかも知れません。
と述べています。
龍之介は明治37年12歳のときに、正式に芥川家の養子となりました。
(5歳 袴着の祝いの龍之介)
さて、この「生育の地」の案内板が出ている両国3丁目21番4号の場所が芥川家のあった場所だと思われますが、もうひとつこの案内板の斜め向こう、京葉道路沿いにも「生育の地」の案内板が出ています。
こちらの地番は両国3丁目22番11号。
どちらの地点が、芥川の育った家があったのだろうかと、ちょっと悩んでしまいます。
実は長らくこの京葉道路側の案内板が、「芥川龍之介生育の地」として掲げられており(案内板自体は代替わりしており、以前は木製のもっと簡素なものでした)、横綱横丁側の案内板は、わりと近年に建てられたものなのです。
芥川家は明治43年、龍之介18歳のときに両国を離れ、新宿から田端へ転居していくのですが、両国の芥川家は、釣具屋の石井さんという人に譲り渡されたということになっていて、かつてはこの京葉道路側の案内板の目の前に、石井釣具店があったのでした。
石井釣具店はその後、ビルに建て替わり、1階にコンビニエンスストア、2階に釣具店が入るというスタイルで長らく存続していて、ここが「芥川龍之介生育の地」と認識されてきたのだと思いますが、現在この地は「杉玉」という寿司居酒屋になっています。
反対側の新しい「生育の地」の案内板が建っている場所は、かつては毎日新聞の販売所でしたが、現在はグレイスビルという雑居ビルです。
さて、どちらが芥川家のあった場所なのだろうということになりますが、奥坊主の芥川家は江戸時代からここ両国に地に住んでいたので、嘉永時代の江戸切絵図にすでに名前が出ています。
(『江戸切絵図 本所絵図』国立国会図書館デジタルコレクション)
この地図を見ると、芥川家は
大きな道路(現在の京葉道路)に南面して、西側に小路があるという配置になっています。この小路は現在と区画が全く同じとは限りませんが、横綱横丁でしょうか。
「生育の地」の新しい案内板に出ている「本所小泉町芥川家」の写真を見ても、どうやら芥川家は、横丁の東側、新しい案内板側に建っていたように見えます。
『写真・作家伝叢書 第七巻「芥川龍之介」』(吉田精一・芥川比呂志 1967 明治書院)という本に載っている、芥川家の古い見取り図を見ても、芥川家の玄関が西側に面していたことになっているので、どうやら新しい案内板の位置が、本来の芥川家のあった場所になりそうです。
そうなると、長らく掲げられてきた古い案内板の方はどうだったのかな?という疑問が残りますが、まあ大雑把に、横綱の通りを出て京葉道路にあたる所という意味ではこの辺なので、「ここで芥川龍之介が幼少年期を過ごしたのね。」ということで、思いを馳せておけばいいのかなと思います。
いずれにせよ芥川龍之介は、この江戸情緒色濃く残る本所両国という場所で、文芸風流を好む家庭で、小説家としての素養を豊かに養いながら育っていったことは確かです。
芥川龍之介生育の地
東京都墨田区両国3丁目
参考文献
『芥川龍之介全集 第三巻』芥川龍之介 1996.1.10 岩波書店
『芥川龍之介事典』菊地弘・久保田芳太郎・関口安義編 明治書院
『年表作家読本 芥川龍之介』鷺只雄 1992.6.30 河出書房新社
『毎日グラフ別冊 芥川龍之介 生誕百年、そして今』1992.5.1 毎日新聞社
『写真・作家伝叢書 第七巻「芥川龍之介」』吉田精一・芥川比呂志 1967 明治書院
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