僕等は「天神様」の外へ出た後、「船橋屋」の葛餅を食ふ相談をした。(「天神様」)
芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の「本所両国」(昭和2.5.2~22『東京日日新聞(夕刊)』)の「僕等」一行は亀戸天神に詣った後、参道出てすぐ側にある「船橋屋」へ。
「船橋屋」は江戸時代の文化2年に創業された和菓子処。初代勘助の出身地である下総・船橋の名にちなんで命名されました。
名物の「くず餅」は江戸時代にはもうすでに人気で、亀戸天神の参拝客でお店もたいそう繁盛していたのだそうです。
明治~大正期にかけてこの辺りに住んでいた芥川龍之介も、よく訪れていたようです。「本所両国」には、
船橋屋も家は新たになつたものの、大体は昔に変つてゐない。僕等は縁台に腰をおろし、鴨居の上にかけ並べた日本アルプスの写真を見ながら、葛餅を一盆づつ食ふことにした。
「安いものですね、十銭とは。」
O君は大いに感心してゐた。しかし僕の中学時代には葛餅も一盆三銭だつた。僕は僕の友だちと一しよに江東梅園などへ遠足に行つた帰りに度々この葛餅を食つたものである。
(芥川龍之介)
とあります。芥川はヘビースモーカーでしたが、見かけによらずお酒は全く飲めない下戸で、甘いもの大好きの今でいうところのスイーツ男子でした。
真偽のほどはわかりませんが「船橋屋」には、「中学時代の芥川が、体育の授業を抜け出してくず餅を食べて帰り、口の周りにきな粉が付いていたのでばれてしまいたいそう叱られた。」というエピソードが「口伝」としてあるのだそうです。
「船橋屋」の「くず餅」は「くず」とはいっても、川崎大師の「久寿餅」などといっしょで、「葛粉」ではなく小麦粉の澱粉を乳酸発酵して作った関東風の「くず餅」です。
「葛粉」でできた「葛餅」より、プリっと弾力のある歯ごたえが特徴。
「くず餅」の乳酸菌は、お腹の調子を整えるのにも良いのだそうです。
永井荷風(明治12.12.3~昭和34.4.30 小説家)や吉川英治(明治25.8.11~昭和37.9.2 小説家)も常連だったようで、店内には吉川英治の手蹟による、大きなけやき一枚板の看板があります。
春は店頭の藤棚も美しく、亀戸天神の「藤まつり」の頃は行列ができるほど。
「藤しるこ」など季節限定の商品もあります。(「藤しるこ」は紅芋のおしるこです。)
池や中庭も風情があってステキです。
店内入っていちばん右奥通路側手前の席は、芥川がここに壁に向かって座り「くず餅」を掻きこむように食べていたという言い伝えがあるようで、「芥川席」としてファンに親しまれています。
ただ、現在の店舗は戦後の昭和28年に建てられたもの。残念ながら昭和2年に亡くなっている芥川は、現店舗には足を踏み入れてはおりません。
でも言い伝えは言い伝えとして、楽しむのも一興ですねw。
参考文献
『芥川龍之介全集 第十五巻』芥川龍之介 1997.1.8 岩波書店
『年表作家読本 芥川龍之介』鷺只雄 1992.6.30 河出書房新社
『新潮日本文学アルバム13 芥川龍之介』1983.10.20 新潮社
大川の水/追憶/本所両国 |
||||
|
「船橋屋」オンラインショップはこちら↓
東京都江東区亀戸3-2-14
☎0336812784
営業時間 テイクアウト 9:00~18:00
イートイン 11:00~17:00
ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。
ご覧いただきありがとうございました。