文学のお散歩

東京近郊・近代文学を中心に作家・作品ゆかりの地をご紹介します。

銅造地蔵菩薩坐像~大宗寺

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芥川龍之介(明治25.3.1~小説家2.7.24 小説家)が本所両国から内藤新宿に引っ越したあと、遊びに来る友人のために描いた地図を見ると、道中の目印として電車通りに面して「大きな笠をかぶった大佛様」というのが記されています(明治44.4.25 山本喜誉司宛書簡)

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(田端文士村記念館『作家・芥川龍之介のはじまり~書斎「我鬼窟」誕生までの物語』展パンフレットより。この書簡は現在開催中の本展初公開の資料でもあります。)

それがこの仏像。

     

「大宗寺」という浄土宗のお寺にある「銅造地蔵菩薩坐像」です。

     

昭和27年の区画整理で大宗寺の敷地が縮小されたため、現在このお地蔵さんは不動通り沿いとなった山門入って右側に安置されていますが、かつては甲州街道に面していたため、かっこうの道案内の目印になっていたのでしょう。

像高267㎝の大変大きなお地蔵さん。「銅造地蔵菩薩坐像」は、五街道の街道筋に置かれた江戸六地蔵のうち第三番にあたるお地蔵さんなのだそうです。

     

大宗寺は内藤新宿を治める内藤氏の菩提寺であり、内藤氏当主の墓や、閻魔堂に安置する「閻魔像」「奪衣婆像」などでも有名で、江戸時代から庶民の信仰を集めていたお寺のようです。

     

こちらが閻魔堂。閻魔像や奪衣婆像は、期間限定で公開されているようです。

     

他にも「塩かけ地蔵」や、

     

「切支丹灯籠」など珍しいものがあり、見どころの多いお寺さんです。

     

内藤新宿は江戸の外れの初宿。歓楽街・花街でもあったので、閻魔堂の玉垣には

     

「港塿」「不二川塿」など妓楼の名も多く記されています。

     

きっと遊女たちからの信仰も篤かったのでしょう。

さて、この大宗寺のお地蔵さん。なんと、芥川龍之介の師匠であった夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)の小説「道草」(大正4.6.3~9.14 『朝日新聞』)にも登場しています。

 

路を隔てた真ん向ふには大きな唐金の仏像があつた。其仏様は胡坐をかいて蓮台の上に坐つてゐた。太い錫杖を担いでゐた、それから頭に笠を被つてゐた。

 健三は時々薄暗い土間へ下りて、其所からすぐ向側の石段を下りるために、馬の通る往来を横切つた。彼は斯うしてよく仏様へ攀じ上つた。着物の襞へ足を掛けたり、錫杖の柄へ捉まつたりして、後から肩に手が届くか、又は笠に自分の頭が触れると、其先はもう何うする事も出来ずにまた下りて来た。(三十八)

 

主人公健三の幼少時の回想場面。住んでいた向かいにお寺があり、そこに「大きな唐金の仏像」があったということになっています。実は芥川の師漱石も、幼少時ここ内藤新宿に住んでいた時期があったのです。夏目家の末子として生まれた漱石こと夏目金之助は、生後間もなく養子に出されたのですが、その養家であった塩原家の所在地が大宗寺の向かいであった時期があったのでした。「道草」は、漱石にしては珍しく自伝的要素の多い小説なので、きっと幼い塩原金之助も「道草」の健三のように、このお地蔵さんによじ登って遊んでいたのでしょう。

 

「道草」の発表は大正4年。芥川が新宿から田端へ移った翌年です。芥川はまだその時漱石山房に入門前なので、当然、幼少時漱石がここに住んでいたことがあったということは知るよしもなかったわけで、まさか将来の師が「大きな笠をかぶった大佛様」の向かい、自分の新宿の仮住まい近くにいたことがあったなんて思いもしなかったことでしょう。江東尋常小学校と江東義塾の近さといい、内藤新宿の住まいといい、時を隔てた偶然のすれ違いに、師弟の不思議な縁を感じてしまいます。

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大宗寺

東京都新宿区2-9-2

☎0333567331

 

参考文献

芥川龍之介全集 第十七巻』芥川龍之介 1997.3.10 岩波書店

漱石全集 第十巻』夏目金之助 1994.10.7 岩波書店

『新潮日本文学アルバム13 芥川龍之介』1983.10.20 新潮社

『年表作家読本 芥川龍之介』鷺只雄 1992.6.30 河出書房新社

芥川龍之介の顔』松本哉 1988.2.15 三省堂

芥川龍之介事典』菊地弘・久保田芳太郎・関口安義編 明治書院

 

 

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