地下鉄東京メトロ東西線早稲田2番出口を出て東側、夏目坂とは反対方向へずんずん進んでいくと、「漱石山房通り」という標識があります。
この標識沿いに進んでいくと、左手に見えるは「漱石山房記念館」。
「漱石山房」とは、夏目漱石が明治40年9月、本郷西片町から転居し、大正5年12月に亡くなるまでの9年間を過ごし、終の棲家となった家のことです。
漱石は、ここに転居した年の3月、東京帝国大学英文科講師などの教職をいっさい辞し、朝日新聞社に入社。職業作家として文筆に専心する決意を固めました。
「三四郎」(明治41.9.1~12.29)「それから」(明治42,6,27~10.14)「門」(明治43.3.1~6.12)「彼岸過迄」(明治45.1.1~4.29)「行人」(大正1.12.6~2.11.5)「こころ」(大正3.4.20~8.11)「道草」(大正.
4.6.3~9.14)そして絶筆となった「明暗」(大正5.5.26~12.14)など、代表作となった全ての小説が、ここ「漱石山房」で書かれました。(初出は全て『東京朝日新聞』『大阪朝日新聞』)
夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)
この山房は和洋折衷の平屋建て。三浦篤次郎というアメリカ帰りの人が、明治30年頃に建てた、ベランダ式回廊のあるモダンな家でした。
「漱石山房記念館」では、当時の山房書斎を再現展示していて、書斎の様子ほもちろん、ベランダ式回廊も偲ぶことができます。
漱石人形もお出迎え。
モダンな家とはいっても、決して豪奢な家だったわけではなく、漱石最後の最も若い弟子であった芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の「漱石山の秋」(『大阪毎日新聞』大正9.1,1 初出時の表題は「山房の中」)を見ると、
「硝子戸から客間を覗いて見ると、雨漏りの痕と鼠の食った穴とが、白い紙張りの天井に斑々まだ残つてゐる。が、十畳の座敷には、赤い五羽鶴の毯が敷いてあるから、畳の古びだけは分明でない。この客間の西側(玄関寄り)には、更紗の唐紙が二枚あつて、その一枚の上に古色を帯びた壁懸けが一つ下がつてゐる。麻の地に黄色い百合のやうな花を繍つたのは、津田青楓氏か何かの図案らしい。この唐紙の左右の壁際には、余り上等でない硝子戸の本箱があつて、その何段かの棚の上にはぎつしり洋書が詰まつてゐる。」
とあり、むしろ質素で、燻し銀のような古色を帯びた中に、知が詰まっているような書斎であったようです。芥川は漱石山房を、「蕭条たるもの」と称しています。また芥川は3年後に書かれた、「漱石山房の冬」(『サンデー毎日』大正12.1.7 初出時の表題は「書斎」)でも、漱石亡きあとの山房で、
「京都あたりの茶人の家と比べて見給へ。天井は穴だらけになつてゐるが、兎に角僕の書斎は雄大だからね。」
という漱石の言葉を回想し、「蕭条とした先生の書斎」を思いながら、「何か興奮の湧き上つて来るのを意識」していきます。蕭条・・・物寂しいくひっそりとした中で、孤軍執筆に耽った漱石を思い、知的興奮と創作欲が刺激される。「漱石山房」は、知的精進を掻き立てるような書斎であったといえそうです。
「漱石山房」の面会日は木曜日。木曜会と呼ばれたこの日には、小宮豊隆(明治17.3.7~昭和41.5.3 独文学者・評論家)、安倍能成(明治16.12.23~昭和41.6.7 哲学者)、寺田寅彦(明治11.11.28~昭和10.12.31 物理学者・随筆家・俳人)、森田草平(明治14.3.19~昭和24.12.14 小説家)、鈴木三重吉(明治15.9.29~昭和11.6.27 小説家)、内田百閒(明治22.5.29~昭和46.4.20 小説家)、久米正雄(明治24.11.23~昭和27.3.1 小説家)、松岡譲(明治24.9.28~昭和44.7.22 小説家)などなど、芥川の他にも、漱石山脈と称される多くの門弟が出入りし、文学談義に花を咲かせていました。
山房の外は「漱石公園」となっていて、広い庭になっています。
「道草庵」
あの「吾輩は猫である」の吾輩のモデルになった猫の「猫塚」も。
庭には、四季折々の草花や芭蕉など、当時山房に植えられていたの樹木が植えられています。
「漱石山房記念館」では、夏目漱石に関する資料の収集・保管のほか、漱石の文学世界、木曜会に集った門弟たちに関する企画展を、各会期ごとに様々に展開しています。
漱石山房記念館
東京都新宿区早稲田南町7
☎0332050209
開館時間 am10:00~pm6:00
休館日 月曜日(祝日の場合は直後の祝日でない日)
年末年始 展示切替期間
入館料 一般300円 小・中学生100円
特別展の観覧料は内容により変わります。
参考文献
『芥川龍之介全集 第五巻』芥川龍之介 1996.3.8 岩波書店
『芥川龍之介全集 第九巻』芥川龍之介 1996.7.8 岩波書店
『東京の文学風景を歩く』大島和雄 1988.4.25 風濤社
『文豪 東京文学案内』田村景子・田部知季・小堀洋平・吉野泰平 2022.4.30 笠間書院
ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。
ご覧いただきありがとうございました。