文学のお散歩

東京近郊・近代文学を中心に作家・作品ゆかりの地をご紹介します。

泉鏡花の『日本橋』~日本橋その1

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♪ お江戸日本橋七つ立ち~ ♪

民謡「お江戸日本橋」でも知られる日本橋は、江戸時代からの日本の交通の要所。

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寛永6年に五街道(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)の起点と定められ、以来物資や人々が行きかう流通・商業の中心地として賑わってきました。

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日本橋が最初に架橋されたのは慶長6年。徳川家康(天文11.12.26(陰暦)~元和2.4.17(陰暦) 江戸幕府初代将軍 )が、江戸に幕府を開いた翌月だったそうです。その後何度も火災にあい、江戸時代に架け替えられたのは、なんと17回にもわたるのだそう(16回という説も)。

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現在の橋は20代目(19代目という説も)。明治44年にこれまで木造の橋であった日本橋が、この石造りの橋に架け替えられました。銘板の揮毫↑↓は最後の将軍徳川慶喜(天保8.9.29(陰暦)~大正2.11.22 江戸幕府15代将軍)によるものです。

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(徳川慶喜)

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この石造りの日本橋は、妻木頼黄(安政6.12.10(陰暦)~大正5.10.10 建築家)によるデザインで、柱には一里塚を表す松や榎の模様を配し、守護を意味する獅子や、繁栄を意味する麒麟といった東洋的なモチーフを印象的に用いた、独特な和洋折衷の橋になっています。

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獅子が押さえているのは、当時の東京市の市章です。獅子が東京を守っているのですね。

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なお、獅子も麒麟もそれぞれの対が、口を開けたものと閉じたものの、いわゆる阿形吽形になっています。このようなところにも和の伝統的な意匠が、一見西洋風な近代的な橋に、折衷され取り込まれているのがうかがえます。

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江戸時代の流通の要日本橋は、日本橋川にそって蔵が並び、魚河岸で賑わう町でしたが、この石造りの橋に象徴されるように、明治以降は近代的な町へと変貌していきます。

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      (日本銀行)

当時、裏河岸と呼ばれていた日本橋川の北側には、東京火災保険、日本銀行、三井銀行などの堅牢な近代建築物が威風堂々と立ち並び、さながら東洋のウオール街といった風情に。

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      (三井銀行)

日本初の百貨店三越呉服店や、博文館、金港堂といった出版社も軒を連ね、西河岸と呼ばれていた南側にも、春陽堂や外国書籍を扱う丸善といった書店ができ、日本橋はまさに最新文化の発信地として発展していくことになりました。

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      (三越百貨店)

一方日本橋には、まだ芸妓の置屋なども多くあり、西河岸の元大工町(八重洲1丁目4番~日本橋2丁目1、2番)や檜物町(現在の八重洲1丁目~日本橋3丁目)と呼ばれていた辺りは、明治以降もなお江戸の名残を色濃くとどめていました。

そんなゆかしい江戸情緒漂う日本橋を描いたのが、泉鏡花(明治6.11.4~昭和14.9.7 小説家)の『日本橋』(大正3 千章館)です。

                      (泉鏡花)https://www.ndl.go.jp/portrait/img/portrait/0230_1.jpg

鏡花の描いた日本橋は、近代化する石造りの日本橋に対して、幽霊が出るという噂の「露地の細路」によって、現実と幻想の境界線が曖昧になっていく、まるで近代化に逆行していくかのような日本橋。芸妓お考と清葉、医学士葛木晋三、赤熊こと商人五十嵐伝吾の、身をも亡ぼす花柳界の恋模様を描いた小説です。

 

初夜も過ぎた屋根越に、向う角の火災保険の煉瓦に映る、縁結びの紅い燈は、あたかも奥庭の橋に居て、御殿の長廊下を望んで、障子越の酒宴を視める光景!島田の影法師が媚めくほど、なお世に離れた趣がある。(「河童御殿 十八」)

 

近代を象徴するような東京火災保険の煉瓦に映っている「縁結びの紅い燈」というのは、西河岸にあった延命地蔵尊の縁日の燈です。男女が縁結びの願掛けをする恋の燈が幻想的に、まるで近代の煉瓦に否を突き付けるかのように照らしています。

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(在りし日の延命地蔵尊こと日本橋西河岸地蔵寺)

鏡花の『日本橋』は情意の世界。清葉に七年越しの想いを寄せるも、叶わぬ葛木の想い。清葉に対抗心をもつお考は、葛木と恋仲になるも、お考にはなじみ客の赤熊がいて・・・こじれこじれてお考は発狂。しまいには刃傷沙汰に・・・。という近代社会で地位を築きつつあるある医学士葛木でさえも、その社会から逸脱していくほどの情念の世界です。

日に日に近代化する日本橋界隈を背に、相反する江戸情緒溢れる花柳界の恋話を描いた泉鏡花でしたが、日本橋の近代都市化はその後ますます進んでいき、現在では・・・

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大再開発の真っ最中。ここに葛木とお考が参詣した延命地蔵がありましたが、ご覧のありさまで、今は地蔵様を拝むことはできません。 

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(今はもう見られなくなった夢二営む「港屋絵草紙店」跡の案内板)

延命地蔵の裏手あたりには、竹久夢二(明治17.9.1..6~昭和9.9.1 画家・詩人) が営んでいた「港屋絵草紙店」の跡がありましたが、それも今は見られなくなってしまいました。

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葛木が栄螺と蛤を放した一石橋と、

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「迷い子しらせ」はそのままに。

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今現在日本橋の景観を台無しにしてしまっている、悪名高い高架の高速道路も地下化されることになり、2040年に高架橋が撤去され日本橋はようやく本来の姿を取り戻すことになるそうですが、その頃にはおそらく辺りは超高層ビルに囲まれていることでしょう。

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再開発完成後、延命地蔵や港屋跡が戻ってくることを願います。

 

     

日本橋

泉 鏡花 岩波書店 2023年07月19日
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日本橋

東京都中央区日本橋

 

参考文献

『泉鏡花集成12』泉鏡花  1997.1.23 筑摩書房

『文豪 東京文学案内』田村景子・小堀洋平・田部知季・吉野泰平 2022.4.30 笠間書院

 

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また肖像画像は、国立国会図書館電子展示会「近代日本人の肖像」https://www.ndl.go.jp/portrait/より転載しています。